料理には黄金比があると言われることがあります。特に和食では、砂糖・醤油・酒の比率として有名な 1:2:3というレシピの比率。これはただの経験則でしょうか? それとも、数理的な根拠があるのでしょうか?

このコラムでは、「なぜ 1:2:3 が美味しいのか?」を、味覚の心理物理学、ベクトル解析、比率設計の観点から数理的に探求していきます。

味覚は線形ではない:スティーヴンスのべき法則

人間の味覚は、材料の量に比例して増加するわけではありません。心理物理学における スティーヴンスのべき法則 によると、味の強さ \(S\) は刺激量 \(I\) に対して以下の関係を持ちます:
\[S = k \cdot I^n\]

  • \(S\):味覚の知覚強度(甘さ・塩味など)
  • \(I\):物理的刺激量(例えば砂糖の量)
  • \(k\):比例定数
  • \(n\):刺激の種類によって変わる(甘味では \(n\)≈0.8\(n\)≈0.8、塩味では \(n\)≈0.6\(n\)≈0.6)

例えば、砂糖の量を2倍にしても、甘さが2倍には感じられません(実際には約1.74倍)。この非線形性が、感覚的なバランス設計において重要な鍵となります。

単純な比率の魅力:人間は「きれいな比」に快感を覚える

人間の認知には、単純な整数比への親和性があります。以下は、日常に見られる「快適な比」の一例です。

  • 音楽の完全五度:\(3:2\)
  • 調和の三和音:\(4:5:6\)
  • 視覚美の黄金比:\(1:ϕ≈1:1.6181\)
  • 和食の基本:\(1:2:3\)

これは、脳が情報を構造的に圧縮しやすいからと考えられています。1:2:3 という比率は **認知的に処理しやすく、味の印象も「整っている」「安心感がある」**と感じさせます。

比は構造を生む:1:2:3 の「認知的快適さ」

人間は、単純な整数比を好む傾向があります。音楽における完全五度(3:2)や黄金比(約 1:1.618)のように、自然や文化においてもシンプルな比率はよく見られます。

調味料の比率としての \(1:2:3\) は、味のバランスを次のように構成していると考えられます:

  • 甘味(砂糖):1
  • 塩味(醤油):2
  • 香味(酒):3

このとき、ベクトル的に味覚をモデル化することができます。

味覚ベクトルモデル:方向と強度の設計

味の構成を三次元ベクトルとみなすと、ある料理の味を次のように表現できます:

\[\vec{T} =
\begin{bmatrix}
a \
b \
c
\end{bmatrix}\]

ここで

  • \(a\):甘味成分(例:砂糖)
  • \(b\):塩味成分(例:醤油)
  • \(c\):香味・酸味成分(例:酒・酢)

このベクトルの方向が味のバランスを表し、大きさが味の強さを示します。理想的な味の方向ベクトルを \(\vec{G}\)としたとき、現在の味との相性は以下の コサイン類似度 で評価できます:

\[\cos \theta = \frac{\vec{T} \cdot \vec{G}}{|\vec{T}| \cdot |\vec{G}|}\]

この角度 \(θ\)が小さいほど、バランスが取れた味に近いと言えます。

動的な変化:調理中の比率は常に変わる

料理中は味の比率が一定ではありません。たとえば:

  • 加熱による水分の蒸発 → 濃縮効果
  • アルコールや酸味成分の揮発 → 香味低下
  • メイラード反応 → 甘味や旨味の変化

これらを考慮すると、味の強さは時間の関数 \(S(t)\)として記述され、時間積分された総効果として評価されるべきです。

たとえば、甘味と塩味の相対的効果は次のようにモデル化できます:

\[R = \frac{ \displaystyle \int_0^T S_{\text{salty}}(t) \, dt }{ \displaystyle \int_0^T S_{\text{sweet}}(t) \, dt }\]

ここで \(T\) は調理時間、\(Ssweet(t)\) は時間 \(t\) における甘味の知覚強度です。

統計的アプローチ:1:2:3 は「味の主成分」に近い?

膨大なレシピデータを主成分分析(PCA)にかけると、以下のような味の主成分軸が見えてくることがあります:

\[\mathrm{PC}_1 = 0.5 \cdot \text{甘味} + 0.3 \cdot \text{塩味} + 0.2 \cdot \text{香味}\]

このように、現実のレシピは「味の空間」における分布を持っており、その中心に近い構成が「標準的な味」として認知される傾向があります。1:2:3 はこの分布の中でも特にバランスが良い座標点に位置している可能性があります。

結論:おいしさは比率に宿る

1:2:3 という調味料の比率は、単なる経験則ではなく

  • 人間の非線形な味覚認知
  • 単純比への認知的親和性
  • 数学的なベクトルバランス
  • 統計的な味覚分布モデル

など、さまざまな理論的背景によって説明されます。